ル・コルビュジエの魅力解剖!国立西洋美術館・サヴォア邸・ロンシャンの礼拝堂まで

2016年09月30日

▲「サヴォア邸」の外観

東京・上野の国立西洋美術館を含む全17の建造物群が世界遺産に登録され、日本でも注目を集める建築家・ル・コルビュジエ。彼が残した数多くの建築物の中から、代表的な4作品をご紹介します。

ル・コルビュジエってどんな人?

自ら手掛けた作品群が「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」として世界遺産に登録され、その名が知れ渡ったフランスの革新的建築家ル・コルビュジエ。近代建築に多大な影響を与えた彼の人物ヒストリーを見ていきましょう。

1887年10月6日、のちに現代建築の巨匠と呼ばれるル・コルビュジエことシャルル・エドゥアール・ジャンヌレは、ラ・ショー=ド=フォンというスイスの町で生まれました。

当地の美術学校で学び1917年にパリに渡った彼は、その後、装飾性や感情性を排したピュリスム(純粋主義)の画家としてデビューし、その表現形態を追求した雑誌「レスプリ・ヌーヴォー」を刊行。この頃からル・コルビュジエという名前を用いるようになりました。
建築に関しては、ドイツ工作連盟のペーター・ベーレンスや、鉄筋コンクリート建築の先駆者であるオーギュスト・ペレのもとで短期間教えを受けた以外は独学で身につけ、35歳のときに従兄弟のピエール・ジャンヌレとともにアトリエ(建築事務所)を設立。
そして1927年、ジュネーブの国際連盟本部の設計コンペで優勝し、一躍注目の建築家として頭角を現すと、それ以降は著作物や自らが主唱者となった「現代建築国際会議」(CIAM)にて次々と革新的なアイデアを発表していきます。

白い家
▲ル・コルビュジエが独立した建築家として手掛けた最初の作品「白い家」

有名なものとしては、現在の建築法に大きな影響を与えた「近代建築の五原則」、鉄筋コンクリートを活用した建築理論「ドミノ・システム」、身体のサイズから割り出した独自の尺度「モデュロール」などがあり、これらは今日でも世界共通様式(インターナショナルスタイル)として多くの建築家が採用しています。

ル・コルビュジエの代表作は、本記事でもご紹介する「サヴォア邸」「ユニテ・ダビタシオン」「ロンシャンの礼拝堂」などのほか、「パリ改造計画」案や、インド・パンジャブ州の「チャンティガール都市計画」など、大規模な都市構想にも携わりました。

さらに日本との関わりも深く、今回世界遺産に登録された国立西洋美術館の基本設計はル・コルビュジエによるもので、最終的な作業は彼のパリのアトリエで働いた経験を持つ前川國男、坂倉準三、吉阪隆正ら日本人の弟子3人の手によって仕上げられました。

ル・コルビュジエは1965年に亡くなりましたが、彼の功績はその後も高い評価を受け続け、生誕100年の1987年と生誕120年の2007年には世界中で大規模な記念展覧会が開催されました。さらに、2016年7月17日に彼の作品群が世界遺産に登録されたことで、その価値はいっそう揺るぎないものになったと言えるでしょう。

世界遺産に登録!「国立西洋美術館」

国立西洋美術館
貴重な絵画や近代彫刻を所蔵する「国立西洋美術館」は、その建物自体にも特別な価値がありあります。東京初の世界遺産は立地・アクセスが良好で、気軽に見に行ける点も魅力です。

●国立西洋美術館とは
国立西洋博物館はル・コルビュジエが設計した日本で唯一の建造物で、1959年に竣工しました。もともとは、戦後フランス政府により敵国資産として差し押さえられていた実業家・松方幸次郎のコレクションが日本に戻される際、返還の条件として提示されたのが作品を所蔵するための美術館建設だったのです。

●建物の特徴
1階の正面入り口は壁の代わりに柱だけで構成された「ピロティ」と呼ばれる開放的な空間になっており、そこからメインホールである「19世紀ホール」に入ると、上下階をつないでいるゆるやかな傾斜のうず巻き型スロープで2階の展示スペースへ上れます。ル・コルビュジエの建築スタイルが随所に盛り込まれているこの建物は、日本の近代建築に大きな影響を与えました。

至る所にただ工夫が凝らされているだけでなく、ル・コルビュジエが長年構想していた「無限成長美術館」の原型(プロトタイプ)をもとに建てられたミュージアムでもあります。これは所蔵作品が増えた場合でも建物の外側へ増築することによって新たな展示スペースを確保できる美術館のこと。残念ながら実際は敷地の制約もあり本館が増築されることはありませんでしたが、ル・コルビュジエがこの構想の中で重要視し、それまでに手掛けたインドの2つの美術館では実現できなかった「中3階を利用する照明配置」を唯一実現するなど、彼が目指したプロトタイプの特徴が見事に表現されています。

これまで日本では、法隆寺や清水寺など古い時代の建築物の世界遺産登録はありましたが、20世紀以降の建物としては2016年7月17日登録の今回が初めて。また、1998年には旧建設省(現国土交通省)により、地域に根ざした優れた公共施設として「公共建築百選」に選ばれたほか、2007年には国の重要文化財にも指定されました。

今回世界遺産に登録された17の建築物はフランス・ドイツ・ベルギー・スイス・インド・アルゼンチン・日本の7カ国にまたがっていますが、利便性の高い東京・上野にある美術館がその内の1つとして登録されたことは我々日本人にとって幸運なことと言えます。なにしろ海外まで出かけて行かずともル・コルビュジエの残した歴史的建造物に身近に触れることができるのですから。

●住所
東京都台東区上野公園7-7

●アクセス
JR「上野駅」から徒歩約1分
京成電鉄「京成上野駅」から徒歩約7分
東京メトロ銀座線・日比谷線「上野駅」から徒歩約8分

●公式サイト
http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html

近代建築の五原則をすべて再現!「サヴォア邸」

サヴォア邸
依頼主からの抽象的な建築注文に対し、ル・コルビュジエは独自の建築理論と実践で回答。「ドミノ・システム」と「近代建築の五原則」が結実したモダニズム建築の傑作です。

●サヴォア邸とは
1928年、保険会社の経営で財を成したフランスの資産家サヴォア夫妻がル・コルビュジエに、パリ郊外のポワシーに建てる邸宅の設計を依頼しました。その設計注文書には「美しい敷地、豊かな森、草地のただ中に何にも邪魔されることなく建つオブジェ」と記されていたそうです。この抽象的な表現に対して、ル・コルビュジエは自らのイマジネーションを最大限に駆使し、建築史に残る画期的な作品に仕上げました。

●建物の特徴
当初、夫妻が週末を過ごすための別荘として建てられたこの私邸が彼の代表作の1つと言われるようになったのは、建物の構造に彼が提唱した「ドミノ・システム」と「近代建築の五原則」の要素がすべて盛り込まれ、高い完成度で実現されているからです。

「ドミノ・システム」のドミノとは、フランス語の「ドム」(家)と「イノ」(新しい)を組み合わせたル・コルビュジエの造語です。彼はこの工法の中で、床・柱・階段を住宅における3大要素とし、それまで必要不可欠だった内部の構造壁からの解放と自由な平面を実現しました。

続いて「近代建築の五原則」の5つの要素を説明しましょう。

・ピロティ
1階部分を壁のない柱だけで構成し上階部を支えるスタイル。これにより1階部が開放され建物に軽やかなイメージを与えるとともに、上階部がまるで空中に浮かんでいるかのような印象を与えます。サヴォア邸ではここに車庫や使用人の部屋が当てられました。

・自由設計
石積み建築が主流だった当時の建築技術では、壁がなければ建物を支えることができませんでした。しかも外壁だけでなく内部にも構造壁が必要だったのです。そのため間取りや窓の位置などは必然的に決まってしまい、自由に設計することはできませんでした。しかしル・コルビュジエは自らドミノ・システムと名付けた工法で、従来は不可欠だった支え壁からの解放を実現させ、自由な間取りで部屋を作ることを可能にしたのです。そのためサヴォア邸では、それまでの建築物にはない広々とした開放感のあるリビングルームを見ることができます。

・自由ファサード
ドミノ・システムとピロティにより、ファサード(外壁)が建物を支える役割を担わなくてもよくなったため、ファサード自体を自由に設計することができるようになりました。室内と室外の境界がない建物を目指したル・コルビュジエは、サヴォア邸でも内部への採光を意識し、また視線が内部から外へと自然に向けられるよう、タブロー(額縁)のような窓を取り入れました。

・水平連続窓
水平連続窓
「自由ファサード」により、複数の窓をつけることが可能になりました。サヴォア邸には建物の端から端まで連続した窓が設けられています。これは採光という課題をクリアするためにとても有効な手法でした。

・屋上庭園
当時の建築様式では、フラットな屋根の建物は実現が困難でした。現在では一般的ですが、屋上を緑地化して庭園にするという考えは、当時の人々からすると実に画期的なアイデアでした。サヴォア邸の屋上にも土が盛られ、植物が植えられています。ただしこれはくつろぎの場所となると同時に、建物を暑さや寒さから防ぐための役割も担っていました。

ル・コルビュジエが提唱するまで誰一人として考えつかなかった斬新で独創的な工法が随所に盛り込まれたサヴォア邸。第2次世界大戦の被害を受け一時は取り壊しの危機に直面しましたが、『人間の条件』の作者で当時の文化相だったアンドレ・マルローが強く反対し、存続が決定。改修を経て歴史遺産に指定され、現在では一般公開されています。

ピロティ式の集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」

ユニテ・ダビタシオン
第2次大戦後の住宅難解消のためにル・コルビュジエが最初に携わったマルセイユの高層集合住宅。機能性が高く合理的なデザインの中に、彼のこだわりと信念が盛り込まれています。

●ユニテ・ダビタシオンとは
第2次世界大戦で大きな被害を受けたフランスの復興大臣は、戦後ル・コルビュジエに住宅難を解消するための新たな集合住宅の建築を依頼しました。その結果完成したのがマルセイユの「ユニテ・ダビタシオン」です。

●建物の特徴
ル・コルビュジエはその後もフランスのルゼ、ブリエ・アン・フォレ、フィルミニ、ドイツのベルリンと計5つのユニテ・ダビタシオン(集合住宅)を作りますが、ユニテ・ダビタシオンと言えばマルセイユのものを指すほど、ここの完成度は際立っており、ル・コルビュジエの建築思想が最もよく表れた代表作と言えるでしょう。これは最初に依頼を受けた際、「現行のどのような法規にも縛られることなく取り組ませてほしい」という条件が認められ、何にも邪魔されず思いどおりのプランを自由に実現できたおかげでした。
しかしこの建物は当時あまりにも斬新すぎたために物議を醸し、当初は公共衛生高等評議会から建設反対の声があがったほどでした。

建物の規模は18階建て・約330戸・最大で約1600人もの人が居住できる巨大なもので、内部には惣菜店などの店舗、郵便局、保育所、体育館、プールを備え、そこだけで生活できる1つの街のようだったと言われています。

居住部はほとんどがメゾネットタイプ(内階段のある複層住戸)で、単身者用から4人用までさまざまなタイプのユニットを組み合わせた構造になっており、無駄を省いた合理性に加え、住人のプライベートと共同生活空間をバランスよく配置したいという理念が垣間見えます。

ここでも「近代建築の五原則」は活かされ、建築の基準寸法は人体サイズをもとに割り出した独自の建築尺度「モデュロール」を採用。また地上階は柱のみで構成される「ピロティ」となっており、鉄筋コンクリートの採用により部屋割りを構造壁で仕切らない「自由な平面」とそれに伴って可能となった「連続窓」も見られます。

屋上には保育園やプール、植栽などがあり、共用スペースとして住人に活用されていました。また、ゆるやかな曲線を描く大きな排煙塔が設置されていて、ル・コルビュジエはこの建物を客船のようなイメージでデザインしたとも言われています。さらに各部屋のテラスの壁は青、赤、黄色などで装飾され色鮮やか。このように一見無機質な印象のある集合住宅ですが、細部を見ていくとル・コルビュジエの遊び心あふれたアイデアが至る所にちりばめられていることに気付くでしょう。

なお現在は3、4階部分がホテルとして営業されているので、世界遺産の中に泊まるという貴重な体験をすることが可能です。

シェル構造の屋根が特徴!「ロンシャンの礼拝堂」

ロンシャンの礼拝堂
ル・コルビュジエのキャリアの中で大きな転換点となった重要な作品です。それまで推し進めてきたモダニズム建築に、独創的な造形表現を加えた晩年の傑作と言われています。

●ロンシャンの礼拝堂とは
後期ル・コルビュジエの代表作が「ロンシャンの礼拝堂」です。竣工は1955年、ノートルダム・デュ・オーという正式名を持つこのカトリック・ドミニコ会の礼拝堂は、ロンシャンの小高い丘の上にありますが、以前はここに中世に建設されたとされる礼拝堂が建っていました。しかしこの旧礼拝堂が第2次世界大戦で破壊されてしまったことから、戦後、新たな礼拝堂の建設が決まり、その設計者としてル・コルビュジエが抜擢されたのでした。

●建物の特徴
完成したロンシャンの礼拝堂には3つの大きな特徴があります。
1つ目の特徴は、複雑な曲面と丸みをおびた外観です。打ちっ放しのコンクリートとスタッコ(石灰)仕上げでできた厚くて白い壁が不思議なフォルムを形作っています。特にル・コルビュジエが「ベトン・ブリュット」と呼んだ打ちっ放しのコンクリート壁はとても荒々しい印象で、彼が晩年に好んで使ったとされる、素材をそのまま活かした「ブルータリズム」という建築様式をよく表しています。

2つ目の特徴は、コンクリートの塊とも言えるような厚い壁に開けられたいくつもの窓です。大小さまざまなサイズの正方形の開口部が壁全体にちりばめられていて、そこに青・赤・緑・黄色などの色ガラスがはめ込まれています。これにより暗い堂内に何色もの光が差し込み、幻想的な空間を演出しています。これは伝統的なステンドグラスに対する、ル・コルビュジエの新たな現代的表現でした。

3つ目の特徴は、カニの甲羅をモチーフにしたと言われているシェル構造の屋根です。上方向に反り返った形態により地上からは見えませんが、壁に仕込まれた柱がうねるような形の薄い屋根を支えています。これは、それまでにあったゴシック教会の尖った屋根でもなく、ロマネスク教会に見られる円形のヴォールト天井でもない、彼の独創的なオリジナルデザインです。

このように、「ロンシャンの礼拝堂」はいくつもの曲面が象徴的に取り入れられた建築物であり、それまでル・コルビュジエが提唱してきた「近代建築の五原則」や「ドミノ・システム」による機能性と合理性を重要視したモダニズム建築とは一線を画すものでした。これは画家としても活躍したル・コルビュジエが近代建築理論に自由な造形表現を持ち込んだという点で重要であり、彼自身のキャリア上、大きなターニングポイントになった作品とも言えるでしょう。

東京で、話題のコルビュジエ建築を体感!

現在にも通用するモダニズム建築を広めたル・コルビュジエの功績は計り知れません。彼が初期設計した建築物・国立西洋美術館へとぜひ足を運んでみましょう。ユニークで独創的なコルビュジエ建築の素晴らしさを体感できるはずです。